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March 28, 2008

964C2GT、ついにステアリングを・・・。

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あまりに見事なオリジナルコンディションぶりに、モディファイするのがはばかられていたシグナルグリーンの964C2GTですが、3月22日、とうとう我慢しきれずに手をつけてしまいました。

やっちゃったのはステアリングホイールですが、まずはオリジナルの状態が上の写真。僕のは1991年モデルなのでエアバッグなしの、このシンプルな4本(or 2本?)スポークスタイルが標準でした。

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そこにMOMO系のボスを取り付け、手持ちのステアリングを装着してその雰囲気をチェックします。

まずは964への装着例をしばしば見掛けるMOMO Prototipoの、これは浅いコーン型で、外径は35㎝プラス。

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これはABARTH、3スポークのブラック、35㎝径。その昔、ホンダS800レーシングクーペに着けていたそのものであります。

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こちらは同じABARTH、3スポークのシルバー、37cm径。これもかなり昔、少なくとも70年代前半から持っていたものです。

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そうやって装着してみたり、ものによっては走ってみたりした結果、取り敢えずコレに決めました、ABARTHシルバースポーク37cm。

クルマのキャラクターやサイズからすると35㎝径では小さすぎる印象があるのが、37㎝を選んだ大きな理由です。

その一方で、いかにも60年代風なシルバースポークは黒一色の964のコクピットには似合わないのではないかと心配したのですが、写真からもわかるとおり違和感はほとんどありません。

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というわけで、90年代の964C2GTのコクピットに、シルバースポークのABARTHが60年代の精悍な雰囲気を加えることになったの図。

356の時代にはポルシェ・カレラ・アバルトというクルマがあったくらいで、ポルシェとアバルトの縁は昔から浅からぬものがあるのですよ・・・。

ただしリムに巻かれたレザーの材質はポルシェ純正ステアリングの方がABARTHより明らかに上質なようで、手触りの心地好さに関しては残念ながらポルシェオリジナルに及びません。

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最後に964C2GTの外観を1カット。わが家のガレージからゴルフⅤのボンネット超しに望む、シグナルグリーンの964ボディ。

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March 18, 2008

ちょっと忙しかった1週間。

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3月8日にポルトガルのシトロエンC5試乗会から戻って以降の1週間は、なにやらちょっと多忙でありました。

帰国翌日の9日日曜日が唯一の息抜きで、友人にあずかってもらっている1970年アルファ・ロメオ ジュニアZに久しぶりに乗りにいきました。心配してたバッテリー上がりもなく、1.3リッター・アルファ・ツインカムは1発で始動、距離にしてほんの数㎞ですが気持ちよくドライビングできました。

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その友人、僕が964C2=カレラ2を手に入れたのに影響されて、ごく最近、同じく964C2を購入に及びました。ウチのシグナルグリーンの1991年「964C2GT」別名「ケロヨン号」と並ぶ、友人の1991年「シルバー号」。こちらはドアミラーが後期型に変更されています。

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翌10日月曜日は、自動車誌『LE VOLANT』5月号の仕事で朝から箱根へ。霧に覆われた芦ノ湖スカイラインで乗ったクルマの1台がこの真紅のフェラーリF430でした。

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これが箱根で比較試乗した3台、手前左からアストン・マーティンV8ヴァンテージ、ポルシェ・ケイマンS、そして前方にF430。

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箱根までの足には964C2に乗っていきました。「964C2GT」の箱根デビューですが、そのドライビングが爽快至極だったのはいうまでもありません。

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この日は箱根からの帰路に大磯に寄ってBMW135iクーペの試乗会に参加し、このクルマで再び箱根ターンパイクへ。試乗会が終わったら事務所に戻って原稿執筆。

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実はゴルフの代わりにするべ早々とくフィアット500を買っちゃいましてね・・・、というのは真っ赤なウソ。

翌11日は都内でフィアット500の試乗会があって、朝からそれに参加。試乗時間に余裕があったので我が家まで戻ってガレージに収め、ケロヨン号の隣に並んだ場合の相性をチェックしたのでした。それにしても、現在のチンクエチェントの大きいこと、あるいは空冷ポルシェの小さいこと!

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神宮絵画館前の銀杏並木にて、ヌオヴァ・チンクエチェントのチャーミングな後ろ姿。午後イチには事務所に戻ってひたすら原稿。

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翌12日は夕方成田発のJALでロサンゼルスへ。太平洋上で日付変更線を越える関係で、現地時間12日の午前中にLA着、迎えのミニバンに乗ってホテルに向かいます。

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これが最初の宿泊地、LA郊外サンタモニカのホテル「Casa del Mar」=直訳すると「海の家」のプールテラスから望むビーチ。

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続く13日は早朝から某ドイツ製スポーツカーに試乗。ただしこのクルマについては、4月後半までリポートすることができません。

写真は「Casa del Mar」の向かいの歩道脇にパークしたクルマたち。70年代のポンティアックあたりでしょうか、白いアメ車のハードトップのカッコいいこと!

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サンタモニカからハリウッドに向けて北上する道すがらの景色。

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やがてテストルートは郊外のワインディングロードに。カリフォルニアのワインディングはヨーロッパのそれより全般に道幅が広く、交通量も少ないので、素晴らしく走り易いことを再認識したのでした。

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ワインディング三昧の末に辿り着いたのが2泊目の宿、カリフォルニア内陸部の山に囲まれた砂漠のなかの保養地、パームスプリングスのホテル。

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翌14日は前日とは別バリエーションの試乗車に乗って別ルートの試乗に出発。パームスプリングス街外れのメインストリートはこのように、絵に描いたようなカリフォルニア内陸部の景観。

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これも素晴らしきカリフォルニアン・ワインディングの一例。

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昼下がりに試乗のプログラムが終わり、次の宿泊地への飛行機を待つあいだ、僕らはパームスプリングス郊外のアウトレットモールへと連れ去られたのでした。で、何も買わないつもりだった僕も、同行の皆さんの勢いにつられて(?)イタリア製の靴を1足、購入に及んでしまったのであります・・・。

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夕方、パームスプリングス空港を飛び立ったアラスカエア機から望む、カリフォルニア内陸部の荒涼たる大地。

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アラスカエア機で1時間半ほどのフライトの末に着いたのは大都会、サンフランシスコでありました。サンタモニカやパームスプリングスの郊外的景色も素敵ですが、こういう都会的な景観もまた魅力的であります。

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翌15日朝、ホテル25階の部屋から、朝の光のなかに望むサンフランシスコのスカイスクレーパー群。

この日、13時初のJALに搭乗して成田を目指し、ちょっと忙しかった僕の1週間は終わろうとしていたのでした。ほとんど夜を徹してキーボードに向かっていたにもかかわらず未完成の、原稿とともに・・・。

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March 13, 2008

今度はサンタモニカから・・・。

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ポルトガルのリスボンから日本に帰ったのは8日夜のことでしたが、12日にまた成田から今年3回目の海外出張に出て、写真のような場所にきています。そう、道路の感じと走っているクルマから分かるようにアメリカ、それもウェストコーストですね。

もちろん僕は刑事じゃないので「ロス疑惑」とは関係ありません。某ドイツ製スポーツカーの国際プレス試乗会のためにカリフォルニアにやって来たのでした。ただしそのクルマの解禁日は4月後半なので、ここには登場しませんが・・・。

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旅程はいつもよりちょっと長い3泊5日ですが、毎日移動するので、3泊とも泊まるホテルは違います。これは1泊目のホテルの僕の居室。南カリフォルニアスタイルのインテリアが気分のいい部屋です。

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7階の僕の部屋から隣のホテルのアプローチを望むの図。見えるクルマの多くはアメ車と日本車ですね。

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ホテルの裏にはサンタモニカのビーチが。その昔、櫻田淳子が「きてきてきてきてっサンタモーニカ!」って歌ってましたっけ。(笑)

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March 11, 2008

リスボンから、C5に乗って。

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ポルトガルの首都リスボン、僕がここを訪れるのは今回で3度目になります。いずれもヨーロッパ車の国際プレス試乗会のための来訪で、最初が1997年のアルファ156、2度目が2001年の先代ミニ・クーパーS、そして今回が・・・・・、シトロエンC5でした。

パリ経由で着いた日の翌日、シトロエン・ジャポン広報の計らいで短いリスボンツアーに出たのですが、このポルトガルの都、街の佇まいも、そぞろ歩く人も、道を走るクルマも、訪れるたびに、綺麗に、華やかに、リッチになっているのを実感しました。EUの一員になり、通貨がユーロになったことなどが、好ましい方に作用しているんでしょうね、きっと。

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リスボンは小高い丘と、大西洋に注ぐテージョ川に面した平地の部分からなる街で、とても坂が多いんですが、そこを縫うように走るのが「トラム」と呼ばれる1両編成の路面電車。しかもそのトラムのレールの上を、タクシーや普通のクルマが平気で走っています。

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15世紀に始まる大航海時代に多くの船が航海に出たとされるテージョ川沿いの場所に建つ巨大な「発見のモニュメント」。先頭に立つのは1460年に没したというエンリケ航海王子で、その後方に立つ人々のなかにインド航路を発見した名高い航海士、かのヴァスコ・ダ・ガマもいます。

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これも川沿いの、いわばベイエリアの一角。3月第1週半ばのこの日、昼間の気温は16~17度といったところで、温暖で湿気のない地中海性の爽やかな気候を実感しました。

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テージョ川を跨ぐ大きな橋のひとつと、その下のヨットハーバー。ヨットハーバーもあちこちにあって、リスボンにリッチ層が少なからずいることを伺わせます。

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こちらは一転、ライトアップに妖しく光る夜の旧市街。いわばリスボンの夜の顔というところでしょうか。

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ポルトガルに着いて3日目は、いよいよシトロエンC5のテストドライブ。リスボンから北に向かって往復350㎞ほどのルートを走りました。

これは往路のティーブレイクポイントにおけるC5たち。C5のはこの4ドア「サルーン」と、ステーションワゴンの「トゥアラー」の2種類のボディがありますが、今回試乗に供されたのはこのサルーンのみでした。

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リアエンドの造形にはアウディやBMWといったドイツ車の影響がはっきり感じられますが、ダブルシェブロンをアレンジしたグリルを持つフロントスタイルでは、シトロエンであることを明確に主張しています。

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10年前とは比べものにならないほど整備のいき届いたカントリーロードをいく、シトロエンC5のリアビュー。少々ドイツ車っぽくはありますが、スタイリッシュなのは間違いないといえます。

なお、C5のロードインプレッションに関しては、後日また、別の場所で・・・。

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March 06, 2008

パリ経由で、リスボンへ。

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3月5日昼12時45分成田発のエールフランスAF275便でパリ、シャルル・ド・ゴール空港へ、今年2回目の海外出張ですね。

そこから現地時間20時10分発のAF2142便に乗り継いでポルトガルのリスボンに向け出発。上の写真はAF2142便の離陸直後、現地時間5日20時30分頃、日本時間6日午前4時30分前後の、上空から望む眩いばかりの夜のパリの灯であります。

そう、「翼よあれがパリの灯だ」!

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これはAF275便が成田を離陸して1時間半ほど後に供されたディナーの前菜のディッシュ。フォアグラのパテとグリーンサラダ。

エールフランス、一時はグルメの国のメインキャリアのイメージとは程遠い寂しい食事が続いている印象がありましたが、このところぐっと盛り返してきた、といっていい健闘ぶりであります。

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パリから2時間半ほどのフライトの末に、ヨーロッパの西の果てに近いリスボンの上空に。

他のヨーロッパ諸国に対してさらに1時間の時差のあるポルトガルの現地時間5日21時過ぎ、日本時間6日午前6時過ぎの、大航海時代の古都、リスボンの灯であります。

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そして現地時間5日午後10時半、日本時間6日午前7時半、リスボン市内のホテル着。実は明日の予定はプレスカンファレンスのみで、実際に試乗するのは明後日なのですが、どんなクルマに乗るのかは後日のお愉しみに。

では、お休みなさい!

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March 05, 2008

旧いブリティッシュ・スポーツを見て回った日。

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自動車誌『ENGINE』5月号はイギリス車特集とのことですが、そのなかの企画のひとつのために2月最終週某日、東京とその近郊の1960年代モノを中心とする旧いブリティッシュ・スポーツを扱うショップを見て回る、ワンデイトリップに出かけました。

これは最初に向かった埼玉県志木市の「ガレージイワサ」でのシーン。ここはもともとホンダ・スポーツのレストアを得意とするワークショップとして知られていましたが、やがてイギリス車にも手を染め始め、今ではロータス・エランのスペシャリストといえる店になっています。

オリジナル・ミニのトラベラーの上にリフトアップされたこの白いエランは、レストア作業がほぼ完了したシリーズ2で、純正ハードトップを被った姿もチャーミングな、最も僕の好みに近いブリティッシュ・スポーツの1台でした。

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ロータス・ツインカム1.6リッターを収めた、別のエランのエンジンルーム。

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ブリティッシュではありませんが、ハードトップを被ったグレーのボディが精悍なホンダS600レーシングにもソソられました。

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こちらは2軒目に立ち寄った埼玉県戸田市の「CGクラフト=シージークラフト」の、巨大なテントのなかに収まった正統ブリティッシュ・スポーツたち。前列は向かって左から、オースティン・ヒーリー・スプライト、MGB、ジャガーXK150、そしてトライアンフGT6。

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これも僕の好きなブリティッシュの1台、トライアンフTR4A。車名の最後に「A」のつくTR4は本来後輪独立懸架モデルですが、これはUSA仕様のためリジッドアクスルという変り種。

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CGクラフトの国籍を問わぬ在庫の豊かさにはまったくもって驚かされましたが、これは生粋のブリティッシュたるACエース。

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3件目は東京都世田谷区のジャガー専門店「ジャガリア」へ。いかにも都会的で瀟洒なショールームには、フルレストア成ったぴかぴかのジャガーEタイプのクーペとロードスターが鎮座しています。

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これは素晴らしいフィニッシュを施されたEタイプのコクピット。

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こちらはショールーム内側から、Eタイプ・クーペのヒップを眺めるの図。

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そして最後にお邪魔したのが東京都大田区にある「ガレージ日英」。このワンデイトリップに同行したイギリス人ジャーナリスト、ピーター・ナンさんに「イギリスにはこんなイギリスっぽい佇まいのショップなんてまずないよ」、といわしめた店の外観。

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ここのストックで僕が最も気になったのがこのオースティン・ヒーリー3000マークⅠ。白いロードスターボディがいいんですな。

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ヒーリー3000は、まさにブリティッシュなコクピットも魅力的。

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大の男6人で巡った今回のワンデイトリップをたった1台で、しかも快適にこなしてくれたブリティッシュSUV、ランドローバー・ディスカバリー3。3列目シートが実に使えたのであります。

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March 02, 2008

ポール・フレール先生のこと。

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少し前のことになりますが、自動車誌『CAR GRAPHIC』のスタッフや読者が敬愛を込めて「PF先生」とイニシャルで呼んでいたヨーロッパを代表するモータージャーナリスト、ポール・フレールさんが2月23日、ご自宅に近い南仏の病院で亡くなりました。享年91歳でした。

1917年にベルギーに生まれたPF先生は、ジャーナリスト業の傍らモーターレースにも出場、もっとも有名な戦績は60年のルマン24時間にオリヴィエ・ジャンドビアンと組んでフェラーリ250テスタロッサを駆り、見事優勝したことでしょう。

先生は60年代後半からヨーロッパ通信員として『CAR GRAPHIC』誌に寄稿していたため、僕も同誌のスタッフ時代や、その後のフリーランス時代に、ヨーロッパの試乗会の現場などでご一緒させていただく機会が何度もありましたが、そのなかで特に印象的だった日のことを2つ記してみましょう。

ひとつは僕がフリーランスになって3年目の87年、ニュルブルクリングの新しいGPコースで開かれたポルシェ959の試乗会でのことです。よかったら横に乗りなさい、とお誘いいただいたのでPF先生の駆る959のパセンジャーシートへ。959はサーキットを飛ばすには脚がソフトでちょっと乗り難い印象のクルマでしたが、先生はそれを綺麗に操り、なかでも取り分け最終コーナー手前のシケインを、スロットルを緩めてテールを張り出し気味にして抜けていくサマが実にお見事でありました。今にして思えば、このとき先生、御年70歳だったわけです。

続いては翌88年、南仏ニースの裏山の狭いワインディングを舞台にした同じくポルシェの964カレラ4の試乗会でのこと。そこでは先生のカレラ4を追走したり、時には先生の駆るカレラ4のパセンジャーシートに座ったりしたのですが、その助手席で観察したところでは、次のコーナーが迫るまでスロットルを踏んで加速し続ける先生のアグレッシブなドライビングスタイルが印象に残りました。あるタイトベンドでは、コーナーが予想以上に深かったため本当にギリギリまでブレーキングするハメに陥りましたが、結果として軽く流れるカレラ4のテールを落ち着かせ終わると先生、「ウ~ン、グッド!」とこちらに人差し指を立てて見せたのであります。たぶん本当は、ちょっとドキッとしたはずなのに・・・。

PF先生はそのように、スロットルのオン・オフで明確に向きの変わるクルマ、すなわち右足で向きを変え易い、コントロールできる領域の広いクルマがことのほかお好きでした。ウデのレベルは違いますが、その点では先生のお好みは僕の好みと完全に一致していたといっていいでしょう。

自動車が最も光り輝いていた時代を、素晴らしく広い見識と、貴族的な風貌に似ぬ気さくな人柄、それに何よりもクルマへの途方もなく深い愛情とともに駆け抜けてきたモータージャーナリズム界の巨星、ポール・フレール先生のご冥福を心からお祈りしたいと思います。

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